GOLGOのひとりごと

【その他雑感】記事一覧

2018.02.08
「お金2.0」を読んでみた
2018.01.08
感情を理解してコントロールする方法
2018.01.07
慌てることと急ぐことの違い
2015.11.12
社労士がビジネススクールで学ぶ理由
2015.07.25
経営者らしいものの考え方【逆選択】
2015.05.30
経営者らしいものの考え方【モラルハザード】
2015.05.22
経営者らしいものの考え方「囚人のジレンマ」
2015.05.15
経営者らしいものの考え方【機会費用】
2015.05.08
経営者らしいものの考え方【サンクコスト】
2015.03.25
ゴルフの個人レッスン
2014.10.01
開業8年目
2014.09.26
永遠の0
2014.04.07
グロービスマネジメントスクールに通ってます
2014.02.06
書籍の紹介「失敗の本質」
2014.01.05
なぜ社員は社長のように考えられないのか?(企業にとっての憲法論)
2013.10.27
心をコントロールする方法(書籍の紹介「やってのける」)
2013.08.16
「未来の働き方を考えよう(ちきりん著)」
2013.05.06
消費者目線で感じたこと(自転車購入)
2013.01.01
新年明けましておめでとうございます!
2012.12.17
断食道場
2012.12.15
私の趣味(どうでもいい、つまらない話)
2012.11.15
知立市長選挙の公開討論会
2012.11.15
経営者らしいものの考え方【比較優位】
2012.11.15
モレなく、ダブリなく
2012.11.13
iphone5を買いました
2012.11.12
経営者らしいものの考え方(機会費用)
2012.09.13
書籍の紹介(死ぬときに後悔すること25)
2012.09.11
書籍の紹介(断食道場の先生の本「人間の頂」)

「お金2.0」を読んでみた

2018.02.08

お金2.0
佐藤航陽
https://www.amazon.co.jp/%E3%81%8A%E9%87%912-0-%E6%96%B0%E3%81%97%E3%81%84%E7%B5%8C%E6%B8%88%E3%81%AE%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%81%A8%E7%94%9F%E3%81%8D%E6%96%B9-NewsPicks-Book-%E4%BD%90%E8%97%A4/dp/4344032152

書評というか、ただの感想文です。
この作者の名前には記憶があった。以前に「未来に先回りする思考法」という本を読んでいたので。これもSNSか何かで流れていて、たまたま興味を持ったのがきっかけで読んでみた。
私は書籍というのはそれが良書であれば価格とは比較にならないくらいの投資効果があると思っているため、たいしたきっかけがなくても、ちょっと面白そうだと思っただけでポチっとやってしまう。なので、おそらく積ん読だけで50冊以上は溜まってると思う(それを愚かな消費とは思わない。書籍など全部を読む必要は元々ない。有効成分だけ吸収すれば目的は達成なので。あと、購入費だけでなく読む時間もコストなので、買った本を全部読んだらそれこそ時間の無駄遣いだ)。

前著の方だが、これは先見性をいかにして身に付けるかといった話。2年くらい前に出た本だが、私が普段、疑問に思っていることの答えが結構書かれていた記憶がある。つまり、面白かったということ。(私から見て)さして有名な著者ではないし、著作もこれだけなので、意外な当たりを引いた気分だった。

で、今回は「お金」がテーマ。
読む前の時点での私のお金に対する思いを箇条書きにするとこんな感じだった。
・ここ数年、世界の様々な国で金融緩和があって、お金の総量がメチャクチャ増えている
・モノづくりより金融業の方が儲かってる世界って健全なのかな?
・フィンテックとかビットコインとか最近話題になってるけど、怖くて手を出せないな~。でも儲かるのかな?
・世の中の変化のスピードがどんどん上がっていて、AIをはじめ色々なテクノロジーが進化してきそうだけど、これから先どうなるんだろう?

はい、読んでみた感想は・・・前著の時の切れ味は鈍ってなかった!
読む前に抱いていたモヤモヤ感が、スッキリと整理配置された感じ。
どんな感じかというと、これまで3次元のものを2次元で見ようとしていて、こっちから見るとこう見えるのにあっちから見ると違って見える・・・これは何だろう?と思っていた気がするが、それを3次元で見れば、一目瞭然だ。

お金というものはそもそも経済というシステムの一部で、経済というのは今ある資本主義とか貨幣経済以外にも取りうる形が色々とあって、それらは全て仕組みによって勝手に回っている。決して誰かがそうなるように仕向けているわけじゃなく、参加者が好きなように行動した結果、ある一定のパターンが生まれたりする。経済の参加者も誰かが集めてきたわけじゃなく、勝手に集まってくる仕組み。

経済を回す小道具としては今あるようなお金以外にもいろんなものが使える。
お金は価値を保存したり、計量したり、交換したりする手段だが、それらの機能は違うものでも代替できる。ビットコインはその中のひとつ。
一方、価値の方も今お金で売り買いされている「有用性」という価値以外にもいろいろ存在する。
価値とは人間の欲求を満たすものなので、モノやサービス以外にも色々ある。
代表的なのが承認欲求。
承認欲求を満たすSNS上での「いいね!」やコメントなどはそれ自体を価値や心の報酬として参加者を行動させる動機となる。つまりSNSも経済システムのひとつであり、そこでは通貨の代わりに承認欲求を満たす価値がやり取りされている。
仕事の「ヤリガイ」とかも価値だ。間違いなく人間の欲求と対になる。それをうまく生み出せているのが「いい会社」なんて言われるが、会社も経済システムだ。

お金でモノやサービスを買うというのが今までの経済だったが、実際にはそのどちらも代替性を持っていて、お金じゃない手段で買うこともできるし、モノやサービスではない価値を買うこともできるようになる。交換は交換だが、交換の主体と対象は様々に変化しうる(軸の固定を外せば次元がひとつ上がる)。

これがお金の正体であり、経済の正体だ。
これまでマンキューとかクルーグマンとか、有名な経済学の本をかじったことはあったが、こんなにズバリと経済の本質を言い当てているのはこの本が初めてだ。
マンキューもクルーグマンも有名な大学の先生だが、著者の佐藤航陽は大学中退だ。母子家庭で貧乏だったので、大学を辞めて起業して、ビッグデータの解析とかをやってるうちに経済の本質が見えちゃったらしい。そう考えると大学はもう終わってるな・・・。

この本には優れた経済システムの特徴がいくつか書かれている。
・報酬
・リアルタイムな変化
・不確実性
・ヒエラルキー(偏り)
・コミュニケーション
・寿命が有限
・共同幻想

世の中の様々な経済システムにこれらの要素を当てはめていくと、見事に合致する。
ちなみにマネジメントゲームも経済システムとしてはとても良くできていることが分かった。
逆に社会主義とか官僚主義とかは停滞を招いて経済システムとしては破綻を招きやすいことも良く分かる。

最後に結論。
この本を読んでどう思ったか?
明日から何を変えればいいのか?
お金も経済もこれからは多様性(選択肢)が一気に増える(分散化)。
たとえば野球しか選択肢が無い時代に野球が苦手な人はかわいそうな人になってしまうが、1000種類のスポーツの選択肢がある時代なら、もしかしたらカーリングで一番になれるかもしれない。
未来の人々は、「昔は国営通貨しかなくて、誰もがそれを取り合って競争していたんですねえ・・・大変な割に報われない世の中だったのですねえ」などと思うかもしれない。
もちろん、経済がなくなるわけではない。おそらく価値のやり取りは今よりも更に加速することだろう。そうなった時に問われるのはやはり価値だ。既存の枠組みにとらわれない新しい価値の在り方にいかに柔軟に対応していくか?
・新しいテクノロジーはとりあえず使ってみる
・面白いと思う事はとりあえずやってみる
・ムダだと分かることには時間を使わない(大学とか)

未来に向けて背中を押してくれる本だと思う。

感情を理解してコントロールする方法

2018.01.08

仕事でミスをしたんじゃないかと思った時に、すぐに相手に電話して謝ってしまおうと思う人がいます。

そして、相手に電話した後で、実はそれはこちらのミスではなかったということに気づいたとします。

相手に「ミスではなかった」ことを報告したとしても、失った信用は戻ってきません。
慌て者だな、と思われてしまいます。

仕事に責任感を持っている人ほど、焦った時に慌てたくなるものです。
まじめな人ほど損をする結果となります。

真面目は一般にいいこととされていますが、真面目=考えが足りない人、でもあるのです。

考えが足りている人はどうするかというと、ミスをしたかもしれないと思った時にも慌てません。
「急いで相手に連絡する必要があるかどうか?」を冷静に考えます。
大抵の場合、それがミスであっても、5分や10分急いだところで結果は変わりません。
だとしたら、まずそれがこちらの責任のミスなのかどうかをきちんと確認した方がいい、ということになります。
この時点で何割かは「こちらのミスではなかった」と気付けます。
こちらのミスだったとしても、そのミスがなぜ起こったのか? 今後どうすればそのミスを防げるかをしっかりと考えます。
その後で落ち着いて相手に連絡をします。
相手もバカではありませんから、すでに起こってしまったミスについては、責めても仕方ないことは分かっています。それよりも心配なのは、これから同じミスが繰り返さないかということです。
考えが足りている人は、ここまで考えて対処しています。

人はなぜ、ミスをしたかもしれないと思った時に「すぐに行動しよう」としてしまうのでしょうか?
実はこれは感情の働きのせいなのです。
慌てたり、焦ったり、というのは感情のしわざです。

なぜ人間には感情が備わっているのでしょうか?
実は感情というものは、原始時代から人間に備わっている性質なのです。
原始人がライオンに襲われた時、冷静に考えていては食べられてしまいます。
そういう時に何よりも大事なのは「すぐ行動すること」です。
木に登るなり、走って逃げるなりして、ライオンから逃げなくてはなりません。
その性質が現代の我々にも残っているというわけです。

感情は原始人にとっては役立つ性質でしたが、現代人にとっては面倒を引き起こすことの多い特性です。

人間には感情というものが原始人の名残として残っていて、何かアクシデントがあると人間に「すぐに行動」しようとさせる性質がある。
このことを知っているだけで、自分に生まれた感情を理解することができます。
感情を理解できれば、「本当に今すぐ行動する必要があるか?」を考えることもできるというわけです。

慌てることと急ぐことの違い

2018.01.07

人間、簡単なことを勘違いすることがよくあります。

車を運転していて、目的地に早く着きたい場合、ついついアクセルを強く踏みがちですが、目の前の信号が赤になってしまったら止まらなくてはなりません。

信号もなく、歩行者もいない真っ直ぐな道であれば、早く着くこととアクセルを踏むことの間に相関関係が生まれますが、実際の道には様々な障害物があります。

仕事でも同じです。
短距離競走のような単純な仕事は少なく、ほとんどの場合、複雑な障害物競走です。

以前、料理の鉄人という番組で圧倒的な勝率を誇った和の鉄人・道場六三郎は、時間制限のある勝負なのに冒頭であえて手を止めて紙に墨書でお品書きを書きました。

障害物競争は、短距離競走と違い、すぐに作業に着手することよりもまず、計画を立てることの方が重要だからです。

社労士がビジネススクールで学ぶ理由

2015.11.12

私は現在、グロービスというビジネススクールで経営の勉強をしています。

人事労務の専門家としての能力ということで言えば、国家資格の社会保険労務士試験に合格するところまでで社会保険と労働に関する法律の知識を身に付け、開業以来、実際に様々な中小企業の経営者の方から相談を受け、指導をしてくる中での実務経験があります。

労務分野に関しては労使紛争を専門とする弁護士さんや同業の社労士仲間と一緒に、勉強会にも参加していますが、現状、ほとんどの場合私が頼りにしているのは、これまでの経験を元にした「感覚」です。

さて、この「感覚」という奴が問題です。
ご覧の通り、自営の個人、一匹狼のコンサルタントというのは、何でも自由にできて非常に効率良く仕事ができるというメリットがありますが、「感覚」は人それぞれであり、正しいという保証はどこにもありません。
2010年の時点で当たり前だった感覚が、2015年の時点では時代遅れとなる可能性は十分にあります。例えば2010年頃には今ほどスマホが普及してませんでしたし、SNSもまだまだ下火でした。
時代と共に人の「感覚」も変化していきます。また、それに対応して新しい考え方も生まれてくると思うのです。

ですので、僕がビジネススクールで学んでいるのは、一匹狼にとって不足しがちな外部情報を補うことが目的といってもいいかもしれません。

たとえば、テニスをコーチから習うとして、そのコーチが我流ですべて教えている人なのか、それとも日本テニス協会の最新式の指導理論を常に学んでいる人なのか、どちらが安心して指導を受けられるか?

コンサルタントはその人自身に価値がありますので、一匹狼である人は組織に属している人よりも強い部分がありますが、最新の情報を外部から常に導入しているかどうかという点では心配な部分もあると思います。
僕がビジネススクールで学ぶ理由はそこにあるというわけです。

 

経営者らしいものの考え方【逆選択】

2015.07.25

品質の良い商品と品質の悪い商品とが混在している市場において、情報の非対称性が存在すると、いずれは品質の悪い商品だけが市場に残ることとなる。


情報の非対称性が存在する(売り手と買い手が保持している情報量に格差がある)状況において発生する市場の失敗のひとつです。

有名な例は中古車市場です。

売り手は良質な中古車と粗悪な中古車を見分けることができ、買い手は走行距離や初年度登録などの客観的なデータは得られますが、その車に本当に事故歴が無いかどうかは分かりません。
そうなると、買い手は高い中古車を買って程度の悪い車を掴まされるくらいなら、安かろう悪かろうの中古車を買った方がマシだと考えるようになります。
そうなると、市場では安くて悪い中古車しか売れなくなり、良質な中古車が流通しなくなってしまい、良質な中古車を買いたい人は我慢して割高な新車を買うことになります。

こうしたことを防ぐために、車検証の偽造が罪になるような法律が有ったり、新車を扱うディーラーがそのブランドを生かして中古車を販売したりしています。
車よりも高額な不動産では、不動産鑑定士という国家資格者がいて、公正な鑑定を行う仕組みがあります。

自社製品が逆選択の被害に遭わないようにするためには、情報の非対称性を解決する工夫が必要です。
例えば農作物の風評被害を避けたければ、実際の品質をできる限りオープンにして、買い手側に情報の信頼性を高めることが必要です。お米のセシウム検査なども、サイトに「検査済み」と表示するだけでなく、実際に検査機器を用いて検査している動画を載せるなどの工夫をすることで、偽装の疑いを持ちにくくなります。

経営者らしいものの考え方【モラルハザード】

2015.05.30

何らかの契約をした後で、依頼した側(依頼人)が観察できないところで、依頼された側(代理人)が取る行動が、依頼人に不利益をもたらすことをモラルハザードと言います。

「倫理観の欠如」と翻訳されることが多いのですが、経済学では倫理観は問われません。

外回りの営業マン(エージェント)が、上司(プリンシパル)の目を盗んで、勤務時間中に仕事をサボる場合などが代表的な例で、「プリンシパル(依頼人)=エージェント(代理人)問題」と言われます。

会社の株主(プリンシパル)が経営者(エージェント)を、業績に連動する報酬で任用した場合、経営者は会社に大きな利益をもたらせば高額の報酬を得るが、多額の損失を会社に与えても(あからさまな過失・故意が立証されない限りは)損失を負担する義務はなく、最悪でも解任されるのみです。このとき経営者の収入期待値を最大化する経営判断は、会社にとって最も合理的な判断よりも、よりハイリスク・ハイリターンなものとなります。しかし、株主は経営判断のための十分な情報をもたないため経営者の判断に任せるほかないため、ジレンマが発生します。

モラルハザードを防ぐには、情報の非対称性を解消するのが一番ですが、現実にはそれが難しいことが多いものです。例えば外回りの営業マンを監視するために、小まめに携帯電話で連絡を入れさせれば、外回りの営業マンを信頼して任せた場合よりも業務効率が落ちることとなります。

そのため、外回りの営業マンに対しては成果報酬というインセンティブで行動を縛ることが多くなります。ところがこのインセンティブに対する最適化(短期的利益)が、実際には会社が本当に求めていること(長期的利益)とずれてしまうことがよく起こります。インセンティブを用いる場合には、こうした弊害にも配慮が必要です。

経営者らしいものの考え方「囚人のジレンマ」

2015.05.22

二人の容疑者が別室で尋問され、一方が自白し、もう一方が黙秘の場合、前者は釈放、後者は10年の懲役となり、二人とも黙秘の場合は懲役1年、二人とも自白の場合は懲役5年となるとします。

この条件のもとで二人が最大の利益を得るためには二人とも黙秘することですが、相手の裏切りを恐れて結果的にどちらも自白するというジレンマが生じます。

個人が自らの利益のみを追求している限り、必ずしも全体の合理的な選択に結び付くわけではないことを示しています。

牛丼屋さんが安売り競争を繰り広げることなどがこれに当たります。

市場で商売をする上では、重要な概念です。このような、プレイヤー相互が影響を与え合う状況における戦略を考える学問をゲーム理論といいます。

経営者らしいものの考え方【機会費用】

2015.05.15

いくつかの選択肢からひとつを選ぶ時、選ばなかった選択肢を経済学ではコストとして考えます。これを機会費用といいます。

例えば、1時間に1万円稼げる営業マンなら、移動の為にバスを1時間待って何もしないときの機会費用は1万円になります。

それよりも、タクシーで2千円払って30分節約できれば、5千円分余計に稼げるため、トータルでは3千円得することになります。

様々な選択肢の中から意思決定する際に、機会費用を考えることで、より効率の良い戦略を見出すことができるようになります。

経営者らしいものの考え方【サンクコスト】

2015.05.08

サンクコストとは、「SUNK」(=埋没した)+「COST」(=費用)の意味です。

既に投資してしまい、取り戻すことはできないお金のことです。

典型的な例としては、フランスとイギリスが共同開発した超音速旅客機「コンコルド」があります。

様々な問題の為に実用性が薄いことが途中で分かっていたにも関わらず、それまでに費やした膨大な開発費(サンクコスト)と国家の威信を捨てることができず、27年も赤字を垂れ流し続けました。(最終的に両国の国内航空会社向けに16機製造されたただけで、わずか7年で生産が終了した)。

また、株式投資でもよくある話。

あなたは値上がりを見込んで購入したA社の株を保有している。ところが予想に反してその株はじりじりと値段を下げ続けている。こういった場合の最適な判断は損切りである事はあなたも承知だ。しかし、切る事ができず、塩漬け状態になってしまっている。

途中でこうすることが正しいと分かっていても、既に支払ってしまった費用の事が頭の片隅にあり、その行動の軌道修正ができなかったり、やめる事ができなかったりする。

そして、その既に支払った費用の事を埋没費用(まいぼつひよう)=サンクコストと言います。

第三者としてその状況を見れば、どうすればいいかが明らかにも関わらず、心理的に損失を確定させたくない作用が働けば働くほど、サンクコストは増加することとなります。

サンクコストはキャッシュフロー的にマイナスであり、企業や家計の資金需要を圧迫します。
また、心理的にも負担が大きく、後悔による精神エネルギーのロスとなります。

よって、サンクコストだと気付いたら、損切りを早くするのが一番です。
そのお金はサンクコストなのか?それとも本当に取り戻せるお金なのか?
仮に取り戻せるとしても、そのために膨大な時間が掛かるのであれば、その間の精神エネルギーのロスとどちらを取るか?
こうした考え方によって、損切りすることの合理性を自分に理解させることができるようになります。
(実はゴルゴは若い頃、ギャンブルが好きでとても多くの後悔を味わいました。人間の弱さを認めてからは、本気でギャンブルをすることはしなくなりました。お蔭で気分よく毎日を送ることができるようになりました。)

ゴルフの個人レッスン

2015.03.25

先日、ゴルフの個人レッスンを受けました。

私は2009年に初めてゴルフを体験し、それ以来、年に5~10回程度のペースでラウンドしています。
はっきり言って下手クソです。
現在のベストスコアは112。始めた時のスコアは200以上で数えきれませんでした。

3年ほど前に10回くらいの短期スクールに通いましたが、そこで学んだのはグリップの握り方程度で、あまり効果がなかったように思います。

ゴルフも人によってはそのようなスクールでも十分に上達できるのかもしれませんが、私の場合はいわゆるオンチといってもいいレベル。
つい先日も130でラウンドしてきましたが、3打くらいでグリーン手前まで来るのですが、そこからグリーンに乗るまでに3打くらいかかり、グリーンの上で2打といった感じです。
これでも、以前に比べればティーショットでのOBが減った分だけマシなのですが、毎回のようにブービー賞やホタル賞で、成長のない自分が情けない思いばかりしていました。

去年は少し本気になって、一生懸命アプローチの練習をしましたが、がんばりすぎてひじが腱鞘炎になってしまい、半年間もゴルフができない状態に・・・。さすがに凹みました。

いっそやめてしまおうか、とも思いましたが、生来の負けず嫌いと、MGで培った「正しい努力を繰り返せば、誰でも一定の成果が出る」という信念に押されて、今期もプレイすることに決めたのでした。

問題は何が「正しい努力」なのか?という点です。

これまでは教材を買ったり、ネットで調べたりした情報を元に、自分で練習を繰り返してきました。
その方法でも、いつかは人並みのスコア(100前後)が出せるくらいには成長できると思っていましたが、さすがにケガはこたえました。
趣味なんだから、上達は自分のペースでも構わないが、ケガだけはこりごりでした。
ケガのリスクだけはできるだけ最小限に抑えたい。

そう思って、ある先生の個人レッスンを受けることにしたのでした。

受けてみた感想は、「他人の目には自分からは見えない自分が見える」でした。

思えば下手クソの私でも、他人の上手い下手は見ていてすぐわかります。
80台で回る人と、100台の人とでは、スイングの安定感が全然違う。

私にもちゃんとクセがありました。
ミスショットを恐れるあまり、身体がちゃんと回っていなかったのです。
9番アイアンを持って100球ほど、基本の動きから先生のチェックに従ってスイングを作り直しました。
おかげで今は全身筋肉痛ですが、ドライバーもアプローチも自信を持って打てるようになった気がします。
これまでは我流のため、心のどこかで「これでいいのかな?」と疑いながら振っていました。
これからは、自信という軸ができたので、成長のスピードが一気に加速すると思います。

ドライバーもアプローチも、なんでこれまであんなに苦労したのだろう?と思うほど、簡単に打てました。それもきれいなナイスショットが。

何事も、心の軸は大事だと思います。
我流で遠回りするよりも、専門家の力を借りると安心して前へ進めます。
次回のラウンドが楽しみになってきました。

開業8年目

2014.10.01

2007年10月1日に愛知県社労士会に開業届を提出してから丸7年が過ぎました。

これまで、本当に多くの方との出会いがありました。

お客様、事務員、地域の方々、役所の方々、同業の方々・・・出会えた方すべてに感謝!!

8年目も、凡事徹底、しっかり学び、お役立ちできるよう、走り続けます!

 

社会保険労務士 木村正士

永遠の0

2014.09.26

「失敗の本質」を読む前だったら、かなりのカルチャーショックを受けていたかもしれない。
同書のおかげで太平洋戦争の経緯や、旧日本軍の性質についてある程度の知識があったので、そうでもなかったが、戦後の歴史教育そのまんまの知識だったらきっとショックだったと思う。

旧日本軍の兵士たちの優秀さとエリート軍人たちの愚かさは、「失敗の本質」で総括されている内容とほぼ被るが、この本で新しかったのは、特攻を志願して死んでいった兵士たちの心情の部分だ。
これは現代の日本人が深く知らぬまま置き去りにしようとしている歴史の事実だ。
戦前の日本人は天皇を現人神だと洗脳されて、愚かな特攻を行ったという認識は確かにこれまでの歴史の授業で習った内容であるが、よく考えて見ると理解しがたい心情であった。
実際の彼らの思いがどうであったかは、今となっては知る方法はない。
ただ、もしも自分がその立場に置かれたとしたらどう思うかを想像してみることは大事だ。
そう考えた時、あれほど多くの人が簡単に洗脳されると思うだろうか?
死を前にしてなおも同調圧力に屈するほど当時の日本人は愚かだったのか?

エリート軍人や官僚たちが同調圧力に屈して愚かな指令を出したことと、最前線の兵士が同調圧力に屈すること(実際に死ぬこと)とは全然意味が違う。前者のインセンティブは出世だと容易に想像できるが、後者のインセンティブは非常に理解しがたい。
唯一考えられるとしたら、それは家族のため、子孫のため?
主人公のゼロ戦パイロットには子孫がいた。
臆病者とののしられつつも、必死に生き延びようとする主人公は、もし自分がその立場だったらどう思うかを読み手の現代人に突きつける。
結局最後に彼は自分の命よりも子孫を生存させることを優先して特攻する。

確かに物語の中では、彼の思いは運命の糸によって子孫を救うのだが、実際はどうだろうか?
どう考えたって、彼が死ぬより生きて帰った方が、子孫を生き延びさせる可能性は高まるはずだ。現実は物語のように都合良くはいかない。
子孫を残したかったら、特攻するより生き延びる方が断然有利に決まってる。
そういう判断を考えられない状況に彼らが置かれていたとするなら、それは一種の洗脳といってもいいかもしれない。

兵隊の志願者の多くは、メシを喰うために軍隊にやってくると書かれていた。
一種の就職だ。口減らしだ。
兵隊にとっては、命の限り戦うことが生き甲斐なのかもしれない。
船に乗った以上は、船が沈む時には運命を共にする覚悟はできていたのかもしれない。
彼らをそんな境遇に置いた世の中に絶望していたのかもしれない。

さあ、自分だったらどうするか?

漫画家の水木しげるの自伝を思い出した。
水木しげるは、劣等兵としてラバウルに送られ、戦場で片腕を失いつつも命からがら生還し、後に漫画家となる。
腕を負傷した時には、麻酔もない状況で片腕の切断手術を受けたという。

ひと思いに死ぬより、よっぽど痛い人生だ。
水木しげるに比べたら、特攻に行く方がよっぽどすっきりしていて、痛みもほんの一瞬で済む。
もしかしたら特攻で死ぬというのは、あまり面倒臭くなくて、一見カッコ良くて、当時としては悪くない選択肢だったのかもしれない(特攻に往く若者たちが、あまりに清々しく感じられるのは、生きることの煩わしさから逃れられるというスッキリ感なのでは?)。
洗脳というのは、面倒臭くて辛い選択肢と一緒に特攻という選択肢を用意して選ばせる手口なのかもしれない。

要するに・・・死ぬことくらい誰でもできる。生き抜くことの方が何百倍も大変で、価値がある。カッコいい死に方を選ばずに、カッコ悪くても生き残る道を選ぶべきだ。宮部久蔵は、まさにカッコいい死を選んだ。これは一見カッコ良く見えるが、その後の面倒臭い人生から逃げているに過ぎない。私が彼の父親だったら叱り飛ばすと思う。

でも、小説自体は面白かったので「海賊と呼ばれた男」も読んでみようと思うのであった。

グロービスマネジメントスクールに通ってます

2014.04.07

この四月から、約一年ぶりにグロービスに通ってます。

科目はマーケティングⅠという基礎科目の第二ステップのもの。

グロービスはハーバード大学のMBA(経営大学院)を経験した堀義人氏が、20年前に作った日本人のためのMBAです。

一昨年、商工会議所青年部のイベントで体験授業を受講して、マーケティングの面白さと味わい深さを知り、学び始めました。

最初はガッツリ2~3年受講して、MBAホルダーを目指そうかとも思ったのですが、去年試しに2科目受講してみて、考えが変わりました。

ある意味、運が良かったのかもしれませんが、講師によって授業のクオリティが違いすぎたのです。
クオリティという言葉が適切ではないかもしれません。
遊び心とかこなれ方とか、守破離とか、そういう部分ですが、非常に違いました。
予備校なんかと同じで、一部の講師が異様にレベルが高く、面白い!
カリキュラム自体は共通で、一定のレベルをクリアしているので、悪くはないのですが、一部の講師は期待以上でした。

今回、履修しているクラスの先生はまっちゃんといって、とても破天荒な授業をしてくれます。
グロービスではケーススタディといって、ケースという読み物を事前に読み込んできて、予習レポートみたいなものを提出させられて、みんなヒーヒー言いながら事前勉強してくるわけです。
ところがこの先生はクラスの前半はまったく関係ない話ばっかり・・・。
あれほど必死に予習してきたケーススタディはどうなったの?とみんな不安顔。
他の講師のカタいパワーポイントを多用した詰め込み型の授業に慣れていた受講生たちは、その温度差にびっくりします。
彼のクラス運営方針というのがグロービスのHPに書かれていますが、
「(前略)つまり従来の「記憶する学習」だけでなく「経験による学習」を目指します。(自分の頭で考え、自分の言葉で説得でき、そして行動に結びつけるためのヒントが得られる!)」
なんとなく、マネジメントゲームの行入の考え方に似ています。考えるよりも感じる勉強ですね。
パワーポイントが嫌いで、手書きが好きなところも、MGの西順一郎先生と同じ。
面白い先生は極端に面白いので、マジメな先生と学ぶのがメンド臭くなってしまったのでした。

あと、本業をやりながら、ちゃんと内容を咀嚼して学んでいくためには、MBAはちょっと詰め込みが多くて、勿体ない。もっとゆっくりでいいから味わいながら長い期間を掛けて学んでいきたいというのもあります。

というわけで、今は仕事の合間を縫って予習や復習をやりながら、2週間に一度の授業を受けてます。
一緒に学ぶ仲間は、どちらかというと大手企業の若手~中堅社員の方が多いです。
大企業の社員さんは、やっぱり頭のいい人が多いな~と感じています。
僕はどちらかというと、のんびりと考えていってある時パッと何かに気付くといった感じ。
いわゆる正解を見つけ出すスピード感が全然違います。
でも、マイペースでもいいので、正解じゃなくてひらめきでいいので、気づきが得られればそれで十分だと思ってグロービスに通ってます。

書籍の紹介「失敗の本質」

2014.02.06

失敗の本質(中公文庫)を読みました。
旧日本軍の太平洋戦争における敗戦の分析を通して、組織の在り方についての教訓が導かれています。

・ノモンハン事件
・ミッドウェー海戦
・ガダルカナル作戦
・インパール作戦
・レイテ海戦
・沖縄戦

6つの敗戦が詳細に分析されていますが、日本という小さな国が大国アメリカになすすべもなく敗れたという戦争全体のイメージに比べ、それぞれの戦いの中では日本軍にとって有利な状況もたくさんあり、その敗戦の原因はすべてヒト・組織の問題に帰するものでした。

とても残念だったのは、補給の軽視や情報の軽視、防御の軽視といった敗因から旧日本軍が学ばず、そのために多くの人々が犠牲になったことでした。

平和な時代に育った私には、戦地に赴く兵士の気持ちは想像し難いのですが、将官・参謀といった戦争の指導者たちが、物事がうまくいかなかった場合に備えて次善の策を用意するという戦略の初歩を疎かにし、精神論だけの突撃命令を連発して人命を粗末にしたことには憤りを感じてしまいます。

今の日本人には想像もできないことですが、膨大な命が犠牲になったのは歴史の事実であり、人間というものは、放っておけばそういう愚行をやってしまう生き物なのだということを意味しています。

自分があの時代に生まれなくて本当に良かったと思います。
愚かなリーダーの命令による理不尽な戦いで命を奪われる兵士は本当に憐れです。

いくつかの教訓をメモしておきます。
・青年の議論を大事にしよう。
・計画通りにいかなかった場合にどうするかを前もって考えておこう。
・一点豪華主義は最後にはバランス主義に負ける。
・作戦の目的をしっかり統一しておかないと、各自の判断が食い違い失敗する。
・思い込みや精神論に騙されないようにしよう。
・時代の変化(パラダイムシフト)にいち早く対応しよう。

なぜ社員は社長のように考えられないのか?(企業にとっての憲法論)

2014.01.05

小室直樹の代表作『日本人のための憲法原論』を読みました。

https://www.youtube.com/watch?v=cmFwl5sh0uM

宮崎哲弥、橋爪大三郎、宮台真司が小室直樹のことを全力で推薦しているのを見て、その著作を読みたいと思いました。
それを読んで、気付いた点がこのコラムの表題です。


多くの社長さんとお話をしていて、とてもよく言われる悩みが以下のようなものです。
・なぜ社員は社長のように(自分で)考えられないのか?
・社員が自分で会社のためを思って働いてくれないのはなぜか?

つまり、経営者は社員も含めた会社全体のことを考えて行動しているのに、社員は自分の仕事のことしか見ることができなかったり、社長の気持ちを理解せず、利己的な行動ばかりしたりするということです。
経営者と社員とは、共に利益を生み出しそこから糧を得るという運命共同体なのですから、もっと思いが一致しても良いのではないかと思うのですが、実際にはそうはなりません。

社長のように考えて行動してくれる社員(=自律的社員)を育てる方法はあるのでしょうか?

現場を見る限り、それは無理だとこれまで私は感じていました。

ところが、この本を読んでみて、自律的な社員を育てる方法はあるかもしれないと思いました。

この本に書いてあるのは、国家において民主主義や憲法がそもそもどういうものなのかという『そもそも論』(=原論)なのですが、国家を企業に置き換えてみると国民は社員ということになり、国家権力とは経営者ということになります。
そうして考えてみると、企業における自律的社員とは、国家における自律的国民ということであり、国民が自分で国のことを考えて行動するように仕向ける方法が分かれば、それが企業にも応用できるはずです。

で、結論を言いますと、企業における憲法を定めることが自律的な社員を育てるための必要条件ではないかと思うのです。

ここで言う『憲法』というものの意味が重要で、恥ずかしながら私はこれまでよく知りませんでした。そしてこの本を読んだことにより、『憲法』というものの意味を完璧に理解することができたと思います。

●憲法とは国民が国家権力を統制するためのもの

これに対し、普通の法律は『国家権力が定めた国民に守らせるルール』です。企業における就業規則とは、国家における一般的な法律に相当します。

必要条件と言ったのは、憲法を定めればすぐに国民が自律的になるかを考えればすぐ分かると思います。選挙の投票率がそれを物語っています。憲法は自律的国民育成のための十分条件にはなり得ません。
ただし、もし憲法が無ければやはり、自律的国民は絶対に育たないでしょう。

よって、企業において自律的な社員を育てたければ、まず社員の権利を保障することから始めなくてはダメです。経営者の権力の範囲を明らかにしなくてはなりません。

そのために最も重要なのは『雇用契約書』です。

雇用契約書をまず、きちんと書面で交付すること。
人間の記憶は曖昧にできているため、書面は非常に重要です。

そして、雇用契約書には社員の権利と考えられるものをしっかりと書くこと。
たとえば、就業規則に「勤務時間中は上司の指示に従わなければならない」とあったとして、「上司の指示」はどこからどこまで許されるのかが書かれていなければ、社員の権利は保障されたとは言えません。

たとえば社長が公私混同して、社長の趣味で使うゴルフ用品の手入れを部下に命じることがあるかもしれません。もちろん、社長の身の回りの世話を目的として雇われた社員であればいいですが、事業内容とまったく関係のない社長の私生活のために労働を命じられることに対しては、社員は戸惑いがあるでしょう。こういったことが実際にあるか無いかではなく、あらかじめ定めておくことが権利を保障することにつながるのです。
・上司から部下への指示は事業の目的に即したものであるべきである。

また、上司の指示と外部の法律との関係もあります。実際に私もかつて期間工時代に、フォークリフトの免許を持っていないにも関わらず夜勤の時にこっそりフォークリフトを運転するように指示されて困ったこともありました。
・上司から部下への指示は外部の法令を遵守して行わなければならない。

賃金の変更も、経営者の権力によって行われることです。定期昇給という考え方は、公務員以外では一般的ではなくなりましたが、これを定めればとても価値のある社員の権利になるでしょう。定期昇給が無理だとしても、賃下げを行わないとか、賃下げを行う場合のルールを定めておくことも可能です。
・原則として賃下げは行わない。経営上の高度の必要性がある場合にも、6カ月以上前に額を予告して行うこととする。

一般に出回っている雇用契約書のひな形には、こんな条項は一切書かれていないと思いますが、多くの経営者が望んでいる『自律的社員の育成』のためには非常に重要です。
・社員の権利を明確にすること。
・社員の権利を可能な限り大きく認めること。

もちろん、権利の保障だけでなく、企業の目的や経営理念をしっかりと伝えることも必要です。(目的ばかり力説しても、権利の保障をしっかり行わなければ、自律的社員は育ちません。そういう企業が非常に多いような気がします)

心をコントロールする方法(書籍の紹介「やってのける」)

2013.10.27

常識だと思われている嘘「意思が弱い人間は高い目標を達成できない」
非常識な真実「無意識の力は意思よりもずっと大きい。そして無意識を動かすにはコツがある(そのコツを知れば目標を達成する確率を上げることができる)」

『やってのける』(ハイディ・グラント・ハルバーソン著 大和書房)という本を読みました。
つい最近出た本ですし、著者も日本ではさほど有名ではありません。
でも、その中身は非常に価値があります。
どんなことが書いてあるかというと、人の心の性質についてです。

例えば、禁煙やダイエットなど、それを成し遂げたいと望んでいるのになかなか実行できないことが私たちにはたくさんあります。
でも、誰にもできないわけではありません。困難な目標でも、達成してしまう人はたくさんいます。
それでは、困難な目標を達成するためのコツとは何でしょうか?

これらの目標が困難な理由のひとつは、「思っていても(それだけでは)できない」というところにあります。
もうひとつは、「多くの人は自分の意志力を過信している」という点です。

例えば家族で食事に出かける時に、食べ放題のビュッフェを選ぶか?高級レストランを選ぶか?
自分の意志力を過信している人は、食べ放題のビュッフェを選んでも意思の力で我慢できると考えます。
でも、そうでない人は敢えて高級レストランを選びます。


実は人間の行動は意識の力(痩せたい!)よりも、無意識の力(腹減った!!)の影響を受けやすくなっていて、食べ放題のビュッフェを選んでいると最初の何回かは意思の力で我慢できても、一度タガが外れるともうおしまいです。
一方、高級レストランを選んでおけば、「お金がもったいない!」という思いが意識の力(痩せたい!)に加勢してくれて、無意識の力(腹減った!!)に勝つ可能性を高めてくれるのです。

高級レストランを選ぶ時に使う意識の力の方が、食べ放題のビュッフェで食べるのを我慢する時に使う意識の力よりも小さいのであれば、高級レストランを選ぶことはダイエットという目標を達成するのに有効な手段であると言えます。

このように、意識の力にできるだけ頼らず、もしくは意識の力をできるだけ節約して行動をコントロールすることが、自分の心をコントロールする上で有効なやり方だということが分かります。
意識-無意識の問題だけでなく、ありとあらゆる「人間の心の性質」について様々な実験を通して得られたデータを元に理論構築する学問のことを社会心理学と言います。
この本の著者は社会心理学の中のモチベーションと目標達成の第一人者だそうです。

人間の心というものは非常に複雑です。「人間の心」が思うとおりに操れれば、世の中の問題のほとんどは解決できてしまうことでしょう。
社会心理学とは、人間の心というある種の聖域を、理論構築によって解き明かしてしまう恐ろしい学問とも言えます。神秘があるが故に感動があったりするのですが。

「未来の働き方を考えよう(ちきりん著)」

2013.08.16

  「未来の働き方を考えよう(ちきりん著)」を読んだ。

ちきりんの言う未来の働き方のポイントは世の中が変化することを前提としてキャリアを考えるところにある。

人間は常に今という時間を生きているので、時間の経過とともに世の中の状況が変化していくということをつい忘れがちだ。

 

変化の少ない時代であれば、人生戦略も単純である。たとえば、なるべく大きな会社に入り、なるべく長く勤め、安定した老後を送る・・・。

ところが、大きな会社に入ったはずなのに、10年後にはその会社はグローバル競争に負けて、リストラされてしまった・・・、こんなことが当たり前に起こるのが変化の多い現代だ。

 

変化を前提にしてキャリアを考えるのであれば、ひとつの会社に定年まで働き続けるというのが望めないのだから、一定の時期までは経験やスキルを身に付けるためにその会社で働くが、時期が来れば独立するなり、別の会社に移るなりして、自分の食い扶持を稼ぐことになる。

スキルも人脈も、社内でしか通用しないようなものは無意味で、常に世の中で自分がどう役立てるか?を意識して自分を磨いていなかくてはならなくなる。

 

ちきりんはこのあたりのことを「市場感覚」と言っている。発展途上国で交差点で止まった車に新聞や果物を売りに来る子供なんかは良い例だ。彼らは何をいくらで売ればいいかを体験的によく知っているが、公務員を定年退職した人がそういう感覚を持つのは難しいだろう。

ちきりんはさらに職業選択を2回する前提でキャリアを考えることを提案している。

 

定年が70歳に延び、50年も働かなくてはならない人生で、しかも変化の多い時代に、ロクな職業経験もない若者がベストな会社を選び採用される可能性などほとんどない。

学卒の就活なんてものは、社会人としての経験と基礎的なビジネススキルを身に付けるための腰掛けと割り切ってどこかに入り、そこで働きながら第2のキャリアを構想していくのが現実的だ。

第2のキャリアは経験値が増している分だけ、第1のキャリアより成功する確率は高くなる。ここでいう成功とは、より私らしい、幸せな働き方という意味だ。

 

私は実は学生の頃、小説家志望だったのだが、その理由のひとつには、自分の時間を自由に使えるということがあった。

残念ながらその夢は叶わなかったが、現在の私は小説家とは別の形(社会保険労務士)で時間的な自由を手に入れることができていると思う。そういう点では私の第2のキャリアは一定の成功と言えるかもしれない。

 

ちきりん曰く、変化の時代を乗り切るために、ストック型からフロー型へ考え方を変えることも大事らしい。

お金を例にすると分かりやすい。

例えば老後の生活について、貯金を切り崩しながら生活費を賄っていく人はストック型。貯金は無いけど、手に職を持っていてそこから一定の収入を得て暮らしていく人がフロー型。

自分が80年生きるか100年生きるか分からない前提で幸せなのは果たしてどちらか?

これは間違いなくフロー型だ。

いつか貯金が底をつくのではないかとドキドキしながら切り詰めた生活をするのが幸せなわけがない。そのくせ、そうして必死に残した貯金は死んでしまえばもう使えない。

 

私は不動産を所有していないが、変化を前提に考えると35年もローンを払いながらひとつの不動産を持つというのはなかなかリスキーだ。

もちろん住宅ローン減税なども考慮に入れなければならないが、本当に大きな家が必要な期間は子供が13歳~18歳くらいの間だけだ。

私は持論として男の子はさっさと自立するに限ると思っているので、東京でも海外でも行ってもらって構わない。

女の子も早期に結婚できるとは限らないが、いずれにしてもあまり居心地のいい家を用意しないことで、自立するように仕向けようと思っている。

今回私は知立の自宅兼事務所の定期借家契約を更新してもらえず、別の賃貸物件を探すハメになった。

最初はえらいことになったと若干慌てたが、変化を前提に考えていれば割と平気だ。むしろ新しい物件やお得な物件と巡り合うチャンスかもしれない。新たな人との出会いもあろう。

子供たちも今のうちからフロー型の考え方を身に付けさせておけば、将来変化に強い人間になるだろう。

ひとつところで育つよりも、引っ越ししながら多様な地域での生活を経験させた方が視野も広くなる。

転校を経験することで、見知らぬ土地で新たな友達を作る方法を身に付ければ、それだけ怖いものが無くなることだろう。

不運な出来事が人を鍛えてくれる。そう思えばリスクもチャンスに思えてくる。

 

消費者目線で感じたこと(自転車購入)

2013.05.06

マーケティングにからめて、ついさっき体験した私(GOLGO)の実話。

今日、買ったのは6万円のクロスバイク。
長文ですよ。

一軒目のお店は、近所の某サイクルショップ。
それなりに展示台数もあり、子供の自転車は毎回ここで買っていた。

クロスバイクは前から欲しくて、買う気満々で店に入った。
が、店員さんは2人しかおらず、他のお客さんの相手で忙しそうで、目も合わせてくれない。

それでも10分ほど順番を待って、店員さんに声をかける。
「今までママチャリしか乗ったことがないんだけど、クロスバイクが欲しいのですが?」

展示してあるクロスバイクは2万円~8万円で5種類ほどあり、値段とモデル名しか書いてない。初心者には、どう選べばいいのかわからない。何がどう違うのか?

「高級品はギアの段数が多く、軽い素材を使用しています。ハウスブランドの物は機能的には劣りませんが、お値打ちです。色やカタチはお客様の好みでお決めください」

確かに合理的な説明だ。
道具(例えばママチャリ)を買うならこの説明で十分だろう。
道具を買うなら、ハウスブランドの安物で機能的には十分だと納得できる。

だが、私にとってクロスバイクは道具ではなくおもちゃなのだ。
おもちゃの場合、初心者だから安物が欲しいとは限らない。
1台しか買えないおもちゃとしての自転車は、価格や性能だけでなく、どれだけ自分を楽しませてくれるか?どれだけ愛着を持って乗ることができるか?が重要になる。

ここで重要なのは、客観的価値よりも主観的価値。
色やカタチも含めて、店員さん、あなただったらどれが欲しいか?
こんな時、理想の店員さんは自分が選びに選び抜いて買った愛着ある自転車を所有しており、その自転車のプライスレスな価値についてストーリー仕立てで滔々と語れるような人だ。

私にとってクロスバイクは高額商品でもある。一生にそう何度も買うわけではない。

高額商品の場合、何を買うかだけでなく、誰から買うかも重要だ。
・信頼できる相手かどうか?
・商品についてよく分かっている相手かどうか?
・この人から買いたいと思える相手かどうか?
分かってない相手に対してこんなことを求めても始まらないので、この店は諦めることにした。

2軒目はこのお店。
http://www.o2lief.jp/

ここを選んだ理由は、スポーツサイクルショップと銘打っている所。
限られた時間を費やす上で、近場の次は専門店に賭けてみることにした。
果たして専門店が、スポーツサイクルの初心者に対してどんな売り方をするのか?

お店の大きさはさっきのお店と同じくらいだが、店員さんは5人ほどいる。
笑顔で迎えてくれたカウンターの女の子に「カッコいい自転車が欲しいんですけど」と言ってみると、奥で整備しているお兄さんたちがクスクス笑う。
彼女はこの謎かけにどう応えるか?

女の子はすぐにカウンターから出てきて「カッコいい自転車ですか? どんなのがいいですかねえ~」と展示してある自転車の方へ案内してくれる。

そこへいつの間にか健康そうなおじいさんの店員がやってきて「50キロ以上乗るのかい?」と聞いてきた。
いえいえとてもそこまでは・・・でも日帰りでサイクリングに行きたいな。
「だったらコレがいいんじゃない?」と6万円のクロスバイクを指す。

いつもならここから価格、性能、デザインなどを勘案して、商品の選定が始まるのが常だが、おじいさんはまず乗ってみろという。

外へ連れ出され、試乗車のサドルをテキパキと調整し、ギアの操作方法を説明。私の名前も聞かずに店へ去ってしまう。

幸い天気は絶好のサイクリング日和。
気持良くペダルを漕ぐと、とにかくこの自転車が欲しくなった。
短所は特に感じられない。
デザインもまあまあだ。
わずか3分ほどの試乗だったが、30分説明を聞くよりも説得力があった。

店に戻る頃には、これでいいかな?という気持ちになりかけていた。

機能的な面ではグリップの面積が広くなっていて、体重を乗せ続けても疲れにくそうなところが気に入った。
同じくらいの値段のマウンテンバイクも試乗車があり、軽く乗ってみたが街乗り中心の私にはちょっとヘビーな感じがした。

結局さっきのクロスバイクの色のチョイスを女の子と相談し、車体の選定が終了。

その後、何にでも詳しいおじいさんが、スタンドや空気入れ、ライトなどを選んでくれた。
最後にサービスのコーヒーを飲みながら会計終了。

正直、価格は一軒目の方が安かったし、品質もそう変わらないだろう。でも、納得感が全然違う。

一軒目のお店では、試乗車は無かった。
店員さんの説明は、間違いではないのだが、高額おもちゃの購入を意思決定させるには不十分だった。周波数が合わない感じ。

二軒目のお店は、ちゃんとお客の気持を分かっている感じがした。きっとあのおじいさんも女の子も、スポーツサイクルが大好きなのだろう。

一軒目のお店を出る時にはため息まじりだったが、二軒目のお店を出る時は幸せな気分だった。

人がどんな理由で購買を決定するか?

主観的価値とは、誰が何と言おうとも「私が気に入った」ということ。
他との比較なんかどうでもいい。
購入可能な範囲なら、価格で決めることもない。

なんとなく恋愛に似ている。
恋愛ですべての選択肢を合理的に判断?なんて馬鹿げてるように、お気に入りの商品を探す上では合理性より大事なことがある。
それはもしかしたらドラマ・・・物語なのかもしれない。

新年明けましておめでとうございます!

2013.01.01

2013年がスタートしました。

選挙も終わり、円相場の流れも変わり、日経平均は1万円を突破して、経済的にも新しい風を感じさせる年明けに思えます。
この風をうまく捉えて、順風満帆の船出と行きたいところです。

今年のGOLGO社労士事務所は助成金と給与計算という、企業労務の大事な攻めと守りに重点的に力を入れてゆきたいと考えております。

これまで以上に皆様により良い知恵と情報を提供するべく、所長の木村は、グロービスマネジメントスクールで経営学を基礎から学び直してくる予定です。

今年も皆様の転ばぬ先の杖であり、成長を加速させるターボエンジンであり、そして何よりも安心と気づきをもたらす相談相手として、がんばってまいります。

本年も、どうぞよろしくお願い申し上げます。

 

GOLGO社労士事務所 所長
合同会社GOLGO    代表社員
木村正士

断食道場

2012.12.17

2泊3日の断食道場に行ってきました。

人間の行動は欲に左右されるものなので、最も基本的な欲求である食欲をコントロールできるようになることが、経営者としての合理的なタイムマネジメントを達成するためにどうしても必要だと感じていました。

断食道場のことは、マネジメントゲームで知り合った森本さんから教えて頂きました。

今回参加したのは、以前に紹介したことのある「人間の頂」の著者・野口法蔵氏が発案した断食法を岡山県の「百姓屋敷わら」の船越康弘氏が許可を得て行っている「座禅断食inわら」です。
ここの断食は、自然食の専門家である船越氏が用意してくれる断食明けの食事が非常に美味しいと評判だと聞いていました。

せっかく辛い断食をするのだから、せめて明けの食事くらいは美味しいものを食べたいと思い、ちょっと遠いですが行ってみることにしました。

野口式の断食では、二日間の断食の後、大根と梅を食べ、水分を大量に摂ります。そうするとお腹の中に溜まっていた宿便が一気に出て、健康になるということです。
実は初日の朝食から抜かなくてはならなかったのですが、私はうっかり朝ご飯を食べて出発してしまいました。

新幹線で岡山まで行き、そこからJRとバスを乗り継いで、さらにバス停から出迎えの車で15分ほど走ってようやく「百姓屋敷わら」に到着しました。

初日はもちろん食事は出ず、夕方6時から1回20分の座禅を1時間ごとに3回行います。
普段、イスで生活しているため、姿勢を正して座禅を組むとすぐに足が痺れてきます。
最初は本当に20分が長く感じられました。
本当にやりきれるのか不安でしたが、不思議と人間の身体は適応力があり、徐々に足は痺れなくなりました。

座禅の合間には、講師の船越さんが色々な話をしてくれます。
参加者は7名で、今回は年末のためいつもより少なめだったとのこと。
7名のうち、男性は2人だけでした。どうも断食は女性に人気のようです。

初日の座禅終了後は、軽く入浴をして就寝します。断食中は長風呂は避けるように言われました。
この時点では、それほど強い空腹感は感じませんでした。
もちろん、普段の生活の中に必ずある食事というイベントがありませんので、違和感はありますが、体調も特におかしくはありません。

二日目の朝は天気も悪く、寒々しかったので、他の皆さんもテンションが下がり気味だったように思います。

座禅をする広間には、常にポットに番茶と玄米コーヒー、水が置いてあり、自由に飲むことができます。
朝は少し水分を多めに摂るようにしました。
私は取りませんでしたが、塩も置いてあり、欲しい人は摂っても良いということでした。

朝は6時半の読経から始まります。
般若心経を始め、いくつかの経をみんなで声を出して読みます。

その後、1時間ごとに5回の座禅を行い、午後1時に合掌業というのをやります。
この合掌業というのがとてもきつくて、額の前で合掌したまま、正座をして般若心経を10回唱えるのです。

やってみると分かりますが、合掌した腕がだんだん震えてきてこらえきれなくなってきます。
般若心経1回が約2分ですので、合計20分。
途中、もうダメかと思いましたが、周りの人もがんばっているのでなんとか耐えました。
これを1時間、30回唱えられれば、その人にはハンドパワーが宿るとのことです。
終わった後は皆、汗びっしょりでした。

合掌業の後は、たった一杯だけ野菜ジュースを頂けます。
この野菜ジュース、野口式の断食では必ず出るのですが、ここ「わら」では、特製のものが味わえます。
自家製のにんじんと玉葱、みかんを合わせたもので、ドロリとしたペースト状になっています。砂糖は一切使用していません。
飲んでみると、天然のうまみが濃厚に感じられ、最高の味わいです。

この後、天気が良ければ外を散策する予定でしたが、あいにく雨のため、船越先生お奨めのてんつくマンのビデオを見ました。

それから座禅を挟んで、船越先生の講話を聞きます。
先生がどんな話を聞きたいか?と言ってくれましたので、私はすかさず「『わら』に来るまでの話を聞かせてください」とリクエストしました。

この話は圧巻でした。

世の中でまだ誰も自然食だとか、添加物の恐ろしさなどに気付いていなかった頃から、ひたすら自分の信じた道を進み、家族の病気や不運、不幸などを全て乗り越えてここまで来られた先生の身の上話は2時間以上続きました。

本来なら場所が最も大事なはずの民宿を、誰も来ない人里離れた山奥に作り、肉も魚も使わない料理でおもてなしする、という普通の商売の常識からは考えられないやり方でした。
開店から半年は、お客さんはひとりも来なかったそうです。
でも、半年後にやってきたたったひとりのお客さんを皮切りに、そこから先はクチコミだけであっという間に年間6000人が訪れるようになっていったそうです。

まったくブレない船越さんの考え方に共鳴する人がどんどん増えていったそうです。

二日目の晩になると、空腹感はかなり本格的になってきました。
座禅をしていても、あちこちでお腹の鳴る音が聞こえてきます。
でも、身の回りに誘惑がないせいか、食べたいという欲求にはさほど悩まされませんでした。
むしろ、空腹の時の方が体調がいいくらいでした。
(参加前に私が感じていた不安は、冬だということもあり、断食中に風邪をひいたりして体調を崩したらどうしようというものでしたが、結果は逆でした。現代人の内臓は過度の栄養摂取に疲れ切っており、サプリメントや薬などを加えるよりも、まず食物を減らし、内臓を休め正常に戻すことが健康のために必要だそうです)

三日目は晴れました。

もう、ここまで来るとあと少しです。
参加者の皆さんの表情もとても明るく、会話もはずむようになりました。

朝3回の座禅をした後、いよいよ明けの食事開始です。

最初はまず真水を茶碗一杯飲みます。
次に大根の煮汁に梅酢を少し入れて飲みます。
最初の一口は、梅酢を入れずに飲んでみたのですが、これがうまい!
出汁も何も使わず大根を水で煮ただけの煮汁ですが、ほのかな甘みが感じられます。
どうやら断食明けは味覚がとても鋭くなっているらしいのです。

次に大根煮に味噌を付けて食べ、生のにんじん、キャベツ、カブ、こんにゃくを食べます。
煮汁も何杯もおかわりします。ひとり最低梅干しを10個食べます。
食べ始めてから1時間くらいすると便意をもよおします。
そして宿便が出ます。

宿便が出た後も、フルーツやヨーグルト、パンなどを食べながら、3~5回トイレに行きます。

汚い話で恐縮ですが、大根がタワシであり、梅酢が洗剤の役割となり、腸の中を洗浄するそうです。
このまま便意が止まらなくなるのではないかと不安になりましたが、誰もそんなことはありませんでした。
昼過ぎには全員が宿便を出し終わり、感想文を書き、記念撮影をして解散となりました。

断食は予後の対処が最も重要だそうです。
予後3日間はそば、うどん、パン、野菜(芋と豆は禁止)、果物しか食べてはいけません。
4日目~7日目は普通食に戻しても良くなりますが、通常の半量程度を心掛け、肉、酒、たばこ、性交渉は禁止とのこと。
断食によって腸壁が再生され、体内に入った物が素直に吸収されるために気を付ける必要があるとのことでした。
8日目以降も、小食の習慣を身に付けることが断食の効果を長持ちさせるコツとなります。
朝食を抜くことがお勧めだそうです。(賛否両論ありますが・・・)

これを書いているのは断食明けの翌日ですが、体調は良好です。
日頃デスクワークが多く、運動不足のせいか、寒がりな方なのですが、断食後はあまり寒さが苦にならなくなりました。
食事は「わら」で買った手打ちうどん(これがまたうまい!)とパンのみです。3日間はこれだけで過ごします。
朝食は抜いてます。
以前は朝食を食べないとアタマが働かないような気がして、食べるようにしていましたが、断食を経験すると少々の空腹には耐性ができたのか、あまり不自由を感じません。むしろ、空腹気味の方が疲れにくく、仕事もはかどります。(ただし、怒りっぽくなるので注意だそうです)

私の趣味(どうでもいい、つまらない話)

2012.12.15

YouTubeで昔の大河ドラマを見るのが好きです。

小さい頃から母が大河ドラマが好きだった影響で、「黄金の日々」「おんな太閤記」などを見て育ちましたから、歴史モノが好きになったのかも知れません。

ただ、大河ドラマもその年によって見る年と見ない年とがあり、高校を卒業してから20代のひとり暮らしの間はほとんど見てませんでした。

そんなわけで、最近風呂上がりにiPadで昔の大河を見るようになりました。

ちなみに今年不評の「平清盛」も見ていますが、11月頃になると大河ドラマから季節感を感じるのです。

大河では、あるひとりの人物の生涯について物語が綴られますが、11月頃になると主人公の人生も晩年に差し掛かります。それがちょうど晩秋の季節と重なってなんとも言えない悲哀と無常観を感じます。

人の人生はいつか終わり、新たな生にバトンタッチします。

1年も12月には終わり、新たな年にバトンタッチします。

私が大河から感じる季節感とは、そのようなものです。

知立市長選挙の公開討論会

2012.11.15

地元知立市の市長選挙の公開討論会に行ってきました。

現職の林郁夫さんと、立候補予定者の杉原ゆきやす市議、そしてコーディネーターの児玉克哉さん。

主催は知立青年会議所とJCの上部組織である愛知ブロック協議会の中になるローカルマニフェスト推進委員会の皆さんでした。

進行上は経験豊富な児玉さんが、極力両候補者に平等になるような配慮をしていました。
座る場所や話す順番など、普通ならどっちでもいいのでは?と思うようなことまでも、平等にするべく考え尽くされていた感じがしました。

プロフィールを見ると、林さんは市役所職員出身、杉原さんは不動産業を自分で起業された経営者出身。
主張している政策も、林さんは福祉重視、杉原さんは経済的発展重視でした。
政策の方向性がこのくらいはっきりと分かれていると、有権者も選びやすい気がします。

私個人の意見ですが、とにかく知立の駅前をなんとかしてほしいです。
私は飲んだ後にラーメンを食べるのが好きなのですが、知立の駅前にはほとんどラーメン屋さんがありません。特に遅い時間になるとお店もみんな早仕舞いしてしまい、なんとも寂しい気がします。

経営者らしいものの考え方【比較優位】

2012.11.15

なかなか職人から経営者に移行できない人に私はこの話をします。

例えば建設士のAさんは1時間に設計図を4枚書くことができ、データ打ち込みを1時間に2件こなします。
同じく建設士のBさんは、1時間に設計図を1枚書くことができ、データ打ち込みを1時間に1件こなします。
AさんもBさんも1日に8時間しか働けないとしたら、AさんとBさんがふたりで一緒に働く場合と、別々に働く場合とどちらが儲かるでしょうか?
仮にAさんが8時間のうち4時間で設計図を書いたとすると設計図は16枚書ける。残りの4時間でデータ打ち込みをしたとすると8件分になる。
Bさんも4時間で設計図を4枚書き、残りの4時間でデータ打ち込みを4件分したとします。
この時、ふたりが話し合ってAさんがBさんの分の設計図を1時間で4枚書き、Bさんは余った4時間でデータ打ち込みをもう4件分したとします。
(最初)
Aさん 設計図16枚 データ打ち込み8件
Bさん 設計図 4枚 データ打ち込み4件
     合計20枚      合計12件
(話合い後)
Aさん 設計図20枚 データ打ち込み6件
Bさん 設計図 0枚 データ打ち込み8件
     合計20枚      合計14件
ここで、AさんはBさんに設計図4枚を渡し、BさんはAさんにデータ打ち込み3件を渡すとします。
Aさん 設計図16枚 データ打ち込み9件
Bさん 設計図 4枚 データ打ち込み5件
最初の状態と較べてみてください。
AさんもBさんも設計図の生産量は減っていませんが、データ打ち込みの件数が増えました。
このような状態を、Bさんはデータ打ち込みについて比較優位にある、といいます。
つまり、Aさんは設計図でもデータ打ち込みでも、Bさんより優れているのですが、限られた8時間という時間を最大限有効活用するためにはBさんと組んだ方が得なのです。もちろん、BさんにとってもAさんと組むことは得になります。
どんなに優れた職人さんでも、ひとりで働ける時間は限られています。
万人に共通な1日は24時間しかないというボトルネックを最大限有効活用するためには、自分より力の劣る人でも雇った方が儲かるということです。

モレなく、ダブリなく

2012.11.15

先日、グロービス経営大学院というところで、セミナーを受けてきました。

お題は「クリティカルシンキング」。略してクリシンというらしいです。

「論理を構造化」して「価値あるメッセージ」を導き出すというと何やら難しく聞こえますが、今回実際にやってみたのは、簡単に言えば「モレなく、ダブリなく」ということです。このような状態のことをMECE(Mutually Exclusive and Collectively Exhaustive)といいます。

つまり、物事を考えたり、議論したりする時に、物事の捉え方にモレやダブリが無いかを確認しながら進めていくようにすると、うまく本質に辿り着ける可能性が高まるということです。

例えば、
成人女性をOLと主婦に分けた場合、学生、フリーターなどは含まれないので、モレがある。
成人女性を主婦、OL、学生に分けた場合、主婦かつ学生、OLかつ学生というダブりが含まれる。
成人女性を20代、30代、40代、50代、60代以上、のように分けると、もれなくダブリがない。

ビジネスマンの仕事の大半は、
「情報の伝達」と「情報の分析」に集約されます。
これには論理力と分析力が必要です。
ここで、論理的思考力=クリシンが役に立つのです。

セミナーでは様々なビジネスシーンを想定しながら例題について実際にグループ内で議論し、意見を出し合いました。例えば、「電話での問い合わせが多いために対応に手間取ってしまい、業務効率が落ち、顧客の信用も低下してしまっている」などというお題について、原因の切り分けや問題の本質を探ってゆきます。
この時に、ロジックツリーといって全体を部分の集合に分けていくと物事が捉えやすくなります。
このロジックツリーを作る時に、分け方がMECEかどうか?を意識しながら考えることが必要です。

このような感じで、クリティカルシンキングとは、
・本質的な問題は何か?
・問題を分解するとどうなるか?
・どのような枠組み(論点)で考えるか?
といった本質に迫るためのいくつかの視点を持ちながら、物事を「考えるための考え方」のこと、ひいてはその「考え方」ができるようになるためのトレーニングの場だそうです。

何でもそうですが、「わかる」と「できる」は違います。
ましてや、本を読んだだけで「わかったつもり」になっているだけだったり、さらには本を買っただけで満足して「いつかそのうち読もう」で終わってしまう人とは、結果は自ずと違ってくる・・・ということで、確かに勉強しなくちゃいかんなぁ、という気持になりました。

 

iphone5を買いました

2012.11.13

 

今頃になって初めてスマホに手を出したのですから、特に新しいもの好きというほどではありませんが、楽しく使ってます。

よく使う機能としては、

①メール

②カレンダー

③WEB閲覧

④カメラ

この辺りでしょうか。

マップも以前のGoogleマップの頃は使いやすかったのですが、ios6になってから使いにくくなってしまい、方向音痴のGOLGOには辛いところです。

あと、単純なアプリですがevernoteというのがあります。

これは単なるメモ帳なのですが、iphone-iPad-パソコンの間でデータを同期(共有)できるところが便利です。紙のメモ帳と同じように、iphoneをいつでもどこでも持ち歩くことでメモすることができて、なおかつ自宅のパソコンやiPadでもそれらを見たり、編集したりすることができます。

スマホの便利さというのは、この同期という仕組みによるところがとても大きいと思います。

自宅、会社、外出先など、それぞれのシチュエーションで一番便利なメディアを使い、しかもその中のデータはみんな同じだというところが便利だなあと思います。

 

経営者らしいものの考え方(機会費用)

2012.11.12

機会費用という言葉を知っていますか?

この言葉(考え方)は、現代の経営者が毎日アタマを悩ませていることの基本となる概念です。

経営者の仕事は意志決定ですが、意志決定のための根拠として「費用」を考える人は多いでしょう。

例えばとなり町まで電車で行けば120円、タクシーで行けば1000円掛かるとします。

この場合、電車の費用は120円、タクシーの費用は1000円です。

費用だけを考えれば、電車の方が費用が安いから電車で行く、となるはずです。

 

ところが、物事は単純な費用だけでは比較ができないことが多いのです。

ここから駅まで歩くのに15分かかり、駅に着いても電車は30分に1本しかなく、隣の駅から目的地まで15分歩かなくてはならない・・・こんな場合に電車とタクシーを費用だけで単純比較はできません。

単純比較できない物事を前にしたとき、「機会費用」という概念がとても役に立ちます。

機会費用とは、ある選択をした場合に、別の選択をした場合に得られるであろう価値をその選択の対価(機会費用)として捉える考え方です。

もしも、 その人が1時間に1万円分の仕事をできるとしたら、電車に乗ってとなり町まで行くのに場合の機会費用は、次のように計算できます。

電車に乗ることを選択したことで掛かった時間=15分+30分+15分=1時間

この1時間で稼げたであろう価値=1万円

電車代=120円

機会費用=10,120円

これに対し、タクシーに乗ることを選択した場合の機会費用は次の通り。

タクシーで15分掛かるとすると、その15分で稼げたであろう価値=2500円

タクシー代=1000円

機会費用=3,500円

 

つまり、1時間に1万円稼げる人ならタクシーを選択した方が、その人がトータルで稼げるお金が増えるということになります。

逆に1時間に1000円しか稼げない人の場合、

電車を使う場合の機会費用=1,120円

タクシーを使う場合の機会費用=1,250円

となり、電車を使った方が合理的だということが分かります。

 

ちなみに機会費用は時間だけではありません。その人がその行動を選択することで、その間別の行動をした場合に稼げること全てがあてはまります。

例えば健康などがそうです。

その日が非常に寒い日で、電車を選択した場合に風邪を引いてしまい、仕事を3日も休むことになったとすると、機会費用は3日分の稼ぎということになります。

 

まずは、機会費用という言葉をアタマの中に定着させて、日々の行動選択の時に自分の機会費用を考えてみてはいかがでしょうか? 

書籍の紹介(死ぬときに後悔すること25)

2012.09.13

この本はアマゾンで偶然見つけました。

タイトルを読んだ瞬間「これは読んでおかなくては・・・」と思わせるものがありました。

著者はホスピスで末期癌患者の苦痛を和らげる治療を専門とするお医者さんです。

その先生が、これまで数限りない患者たちを看取ってきた中で、人が死ぬときに後悔するパターンを25通り実際のエピソードと共に挙げています。

・健康に関すること(4項目)

・自分自身の夢や自己実現に関すること(6項目)

・社会との関わりに関すること(6項目)

・恋愛や結婚に関すること(5項目)

・宗教や哲学に関すること(3項目)

・家族に関すること(1項目)

死んでゆく人々が、ほぼ例外なく残す言葉があります。

「人生はあっという間だった」

人は死期が迫るその時まで、自分の人生の本当の長さを知ることができません。

だからこのように思うのでしょう。

いつ死ぬか分からない人生を、後悔せずに生きる方法はたったひとつ。

「いつ死んでもいいように生きる」

そこで、後悔というものの性質について考えてみました。

先ほど挙げた6つの分野について、どれかひとつでも大きな後悔があると、他のすべてが完璧であったとしても、その人の最期の時、なかなか笑って死ねないものではないかと思います。

逆にどの分野も完璧ではないけれど、どれも8割くらいは満足できる、それなりに納得できる人生を送れたならば、人は自分自身を許してあげることができるのではないかという気がします。

だからある日突然、人生の最後がやってきてもいいようにするには、6つの分野のうち後悔しそうなことがある場合は、そこにもっともっと時間やお金や労力を費やして、人生のバランスを取っておくことが大切なのではないかと思います。

『バランスの悪い人生には、大きな後悔が待っている』

書籍の紹介(断食道場の先生の本「人間の頂」)

2012.09.11

『人間の頂』 野口法蔵 (PHP研究所)

野口さんのことは友人から紹介された断食道場のHPで知りました。

食べ物やモノがあふれる日本を飛び出し、インドで輪廻転生思想のカルチャーショックを受け、ついにはインドで出家してしまいます。

疫病や飢餓、貧困の渦巻く30年前のインドでは、豊かな日本からは想像もできないような形で人が死に、燃やされ、河に流されていきます。

そのような状況なのに、インドの人は、どうしてこんなに明るく死んでいけるのだろうか?

その答えが輪廻転生思想でした。

・徹底してモノがないインドの寺院での修行生活

・食べるものは麦の粉を自分の唾で固めたダンゴのみ

・指が凍って折れるようなマイナス40度の真冬でも僧衣一枚で下着はなし

・一切の道具を使わずハガネを石で叩いて針を作り、一週間かけて針に針で穴をあける修行

・「何でこんなことを?」と思うようなことをやり通した後に「体得」がある

・チベット式の教えには説明がない

・人間の不幸はほとんど自分で種をまいている

・欲を満たそうとするから、更に欲が出る

・修行とは、体が覚えるということ

欲といかにして向き合うかは、インドよりもむしろ豊かな日本の方が喫緊のテーマだと思います、

ご馳走を食べるのは簡単、でも身体のことを思うと・・・こんな悩みから解脱したい方にはちょっとお奨めの本です(すでに絶版ですが、図書館で探すといいかもしれません)。

以下は野口さんの座禅断食が載っているHPへのリンクです。

http://www.wara.jp/hyakushoyashikiwara/index.html